設計のポイント

【図表1】入居者のある1日の生活タイムテーブル

【図表1】は、サンサーラ・レジデンスの入居者のある日の生活タイムテーブルです。

2人とも、移り住んで来られて早々、すでに以前の生活スタイルを回復・維持されています。いや、ご本人たちの言葉を借りれば、住み替え前よりも確実に生活の質は上がったとそうです。自立者の生活の質を上げることは、私たちの使命でもあります。

たとえば、Aさんの予定で昼食までの10時から11時、自ら「老化防止筋トレ」と名付けた日課があります。サンサーラ・レジデンスの廊下で自主的に行うトレーニングなのですが、この廊下を見て、歩いて、そこにある手すりを握った時からすぐにイメージできたそうで、天候に左右されず毎日快適にできると大満足といいます。しかも、Aさんの行動は他の入居者へも影響を与え、今では何人かが一緒に仲睦まじく廊下を使っての筋トレに励んでいるそうです。建築が及ぼした生活の質向上の好例ではないでしょうか。

また、Bさんの予定で注目すべきは15時から16時の「クラブ・サンサーラ」でしょう。サンサーラ・レジデンスに併設する健康維持増進施設での活動です。ここは介護保険施設ではなく、自費サービスの高齢者版フィットネスクラブ。会員は、入居者はもちろん、地域の高齢者にも開放して募っています。

自立向けサ高住の併設施設として、こうした健康維持増進施設は今後の標準モデルの1つになるものと考えます。毎朝の散歩やゴルフ、読書や編み物などの運動・趣味の活動は、心身の健康増進だけでなく、認知症予防にも効果があるということは、入居者もメディアなどを通じて熟知しているからです。

健康維持増進施設「クラブ・サンサーラ」

リハビリに役立つ廊下と手すり

居室の設計

自立向けサ高住の住戸(居室)の設計における留意点を以下にまとめます。【図表2】

トイレ

ベッドからトイレまでの動線を意識します。自立者でも加齢に伴って排尿の失敗がふえてくるので、ベッドからトイレまでの動線を短くします。なお、トイレ横にシャワー設備を設ければ、トイレの失敗のときに非常に便利です。また、車いす利用の自立者も考慮したトイレ設計とします。

洗面設備

自立者は外出機会が多いだけに自らの身だしなみ確認のニーズは高く、洗面設備の鏡以外に全身鏡の設置は喜ばれます。服装のお洒落は老化防止認知症予防にも効果があります。また、将来の身体変化にも備え、車いす対応としておく必要があります。

収納設備

たくさんあれば喜ばれますが、自宅から自ら使い慣れた箪笥などを持ち込まれるケースが多いです。車いす利用も想定し、あまり高い位置に設置しない方がいいでしょう。

台所

IHヒーター付きミニキッチンがあれば十分で、車いす対応になっていればなおよいでしょう。なおサ高住の場合、居室に台所があるものについては、用途が「共同住宅」扱いになる点を留意する必要があります。既存の施設の増築など不可分の扱いとしてサ高住を計画する場合、用途は「福祉施設」となるので台所を設置することはできません計画するサ高住に用途については管轄の行政に確認が必要

【図表2】住戸内イメージ

夫婦部屋のニーズ

夫婦入居が可能な広めの住戸に対する手厚い補助の制度化は、自立向けサ高住の計画にとって一定の追い風となるでしょう。しかし、実際の計画において、夫婦型=30㎡以上の住戸のニーズについては、熟慮する必要があります。
サンサーラ・レジデンスは全戸20㎡だが、現在2組の夫婦が入居しています。各自別々の住戸に隣り合わせで入居しているのです。2組ともとても仲の良い夫婦で、互いに時間を干渉せず、一緒にいたいときはリビングで他の入居者ともども談笑しています。こうした住まい方によって生活にメリハリが生まれ、これまで以上に互いのことを気遣うようになったと満足されているといいます。夫婦の時間はもちろん、他の入居者との時間も楽しみで、“新しい家族”ができた、とも仰っていたのが印象的でした。あえて広めの住戸を計画しなくても、夫婦に満足をもたらすサ高住の住戸計画は可能といえます。

浴室計画の留意点

自立向けサ高住における浴室の計画に際し、誰もが住戸内の設置を当然のこととして考えるでしょう。自分の住戸内なら入浴したいときにいつでも入浴できるし、見た目にも風呂がないと不自由さを感じてしまうからです。
ただし、ここで考えなければならない大切な視点があります。それは“セーフティマネジメント”、つまりは入居者の安全管理の方法です。超高齢化とともに高齢者の入浴事故は年々増加しているのは周知のとおり。不適切な入浴時間やお湯の温度などが原因で血圧の変動が激しくなるなど、その原因はさまざまですが、入浴中の意識障害が原因で溺死するケースが一番多いといいます。サ高住の住戸内の浴室も運営管理の目が届かないため、その不安要素を払拭することは難しいでしょう。
よって、サ高住における入浴の安全管理を徹底すべく、自立向けであっても住戸内ではなく共用スペースに個浴を設置する計画とし、入浴したいときに入れるように運営者側で運用を管理すれば、誰がどの時間帯(1時間利用枠など)にどこの個浴を利用しているかが明確となります。しかも、給湯も清掃も運営者で行なえば、そのタイミングで必ず利用者の安全確認も行なえ効率的であり、合わせて利用者の負担も軽減できるのです。

シャワー設備の効果

住戸内に浴室を設けない代わりにシャワー設備を設置したのには、医師でもある同法人の総合施設長のある狙いがあります。
1つは、感染症に罹患した場合の入居者の衛生管理に対応できること、もう1つは、前述のように入居者自身による排泄の失敗に対する自尊心を保護すること。たとえ夫婦でも、ちょっとしたトイレの失敗は知られたくないものです。その点、夫婦でも個室部屋なら自尊心を傷つけずに済むというメリットもあるのです。

住戸内にはシャワー ブースを設置 

浴室は共用部に配置(予約制)

その他の共用部の考え方

食堂

自立の場合、自炊もしくは周辺に飲食店などがあれば外食といった行動が想定されます。ただし、先の「風呂洗い」と同様に、自炊も加齢とともに面倒に思えてくるようです。そのため、自立向けでも共用部に食堂を設けることは必要と考えます。本物件では、居室と同階に食堂を設けていますが、食事が入居者同士のコミュニケーションの機会としても活用されているようです。

交流スペース

本物件では「地域交流施設」として地域カフェを設置、イベント開催時などには窓を開放しテラスと一体利用可能な設計としました。自立向けには各自が、好きな場所を見つけ、好きな時間を過ごせることが重要、との法人の考えが基本にあり、入居者はここでランチやお茶など1人でも家族や友達などとも楽しまれるほか、地域からのリピーターも増えています。

入居者が画一的なサービスや時間に縛られず、自ら選択し意思決定できることが重要との法人の理念や協力もあり、自立向けサ高住を計画するなら浴室のある広い住戸が必要という既成概念に一石を投じることができたと自負しています。実際、入居者の満足度は高く、訪れるたびに人生を謳歌している様子が伺えます。今後のサ高住開発の参考になれば幸いです。

自立向けでも必須の食堂

交流のための地域カフェ