運営のポイント
サ高住が20万戸以上供給されている昨今、“量よりも質”が問われ始めており、気になる情報も耳に入ってきています。サ高住の入居率が7割を切っているところが全国に4割もあり、高齢者が集中する首都圏や関西圏の都市部においても例外ではないといいます。入居率を経営指標とすれば4割が赤字経営を強いられ、厳しい状況となっています。
ますます高齢者は増え、要介護者数も増加し、特別養護老人ホームの待機者数が減りつつあるとはいえ何十万人もいるのに、その受け皿とも期待されるサ高住になぜ空室が生まれるのでしょうか。しかも、国のトップ肝いりで政策の目玉である「介護離職ゼロ」により、現在かなりのスピードで特養の整備が首都圏で進んでいます。こうなると、サ高住に入居している要介護3以上の重度の高齢者は特養に移る可能性もあり、空室リスクがさらに大きくなります。サ高住は、容易く参入できた導入期、やれば稼げた成長期を経て、現在は転換期に入っているのです。そのような転換期にあって重要なことは、『変わらざるもの,すなわち基本と原則を確認することである』1)と,ご存知「マネジメント」の大家,P.F.ドラッカー氏は言います。
そこでこの章は,そのドラッカー氏の理論を活用し、成功するのに必要なマネジメントの取り組みについて書きました。また、既存のサ高住で入居率低迷に悩み、経営不振に陥っている事業者においても、そのドラッカー理論にある手法で2割だった入居率がたった3か月で7割まで向上した成功事例も記しましたので参考になれば幸いです。
P.F.ドラッカー
名著「マネジメント -基本と原則-」
サ高住のマネジメント
サ高住の運営には、ドラッカー理論である「マネジメント」は非常に有効で参考になる考え方となります。さて、サ高住を運営する企業がまずやるべきことは、自社が取り組むサ高住という事業の定義づけとなります。
あらゆる組織において、共通のものの見方・理解・方向づけ・努力を実現するには、「われわれの事業は何か。何であるべきか」を定義することが不可欠である。1)と、ドラッカー氏はそう述べています。
サ高住そのもの、あるいはサ高住を運営する事業者を組織と捉えるならば、その組織はそのサ高住の経営理念やミッション、ビジョンを共有し、それらの実現や設定した目標の達成に向かいます。そのとき、「サ高住とは何か。われわれの事業とは何か。」という問いに答え、サ高住という事業をまず定義しなければならないのです。ドラッカー氏は,続けてこう言っています。
企業の目的と使命を定義するとき、出発点は一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。…(略)したがって、「われわれの事業は何か」という問いは、企業を外部すなわち顧客と市場の観点から見て、初めて答えることができる。1)
さらに、こう綴っています。したがって「顧客は誰か」との問いこそ、個々の企業の使命を定義するうえで、もっとも重要な問いである。1)
「サ高住の顧客は誰か」というこの問いこそ、サ高住の運営には欠かせない視点であり、この問いの答えにはもちろん入居者があり、その家族も含まれるでしょう。しかし、ドラッカー氏はこうも言っています。やさしい問いではない。まして答えのわかりきった問いではない。しかるに、この問いに対する答えによって、企業が自らをどう定義するかがほぼ決まってくる。1)
そこでサ高住という事業に関わる人々を思い浮かべてみます。サ高住には入居者の生活を支援する職員がいなければ事業として成り立ちません。地域の病院と連携しなければ急変した入居者を助けることもできません。地域のボランティアの方々がいなければ、季節の盛り上げるイベントも忙しい職員のサポートもできません。つまり、職員も病院も地域のボランティアも、みんなサ高住の顧客なのです。そもそも、サ高住という制度がなければ、補助金や税制等の優遇もなく、高齢者の居住安定化をはかるにも不安を覚えます。だから、監査や指導する行政、制度を司る国も顧客として捉えることができるわけなのです。
そんな中で、自社のサ高住における顧客をどう捉え、どう定義するのかを考えなければなりません。自社が病院グループだとしたら、「在宅医療を積極的に進めたいサ高住」と定義するのではなく、顧客は入居者自身ですから入居者を出発点、つまりスタートとして考え、例えば「入居者に対し安心と信頼とやすらぎを与えられるサ高住」「入居者に生きる希望を与えられるサ高住」というように定義づけします。
あるいは、国を顧客と捉えたらどうでしょう。国が望むこと、それは国民の望みを実現することではないでしょうか。だとすれば、国民が介護サービスに対してどのような思いや望みがあるのかを知りたくなるはずです。以下の【図1】のアンケート結果から、介護が必要になった場合には、「家族に依存せずに生活できるような介護サービスであれば自宅で介護を受けたい」と希望する国民が多いことが分かります。この声を国はきっと参考にし、この「介護の希望」に応えるようにサービスやハード、つまりは自宅と思えるようなサ高住を整備したくなるわけです。
【図1】 介護が必要になった場合の介護の希望
サ高住の顧客は誰か、定義は何か、そうやってドラッカー理論を活用してサ高住をマネジメントすることがサ高住の考え方には重要だと思います。サ高住の運営には、ドラッカー理論のマネジメントにある2つの基本機能「マーケティング」と「イノベーション」を駆使して,サ高住の成果を出していきます。
次の2事例は、実際に稼働しているサ高住を「マーケティング」と「イノベーション」の視点で捉えてみました。なぜ成功しているのか、顧客は誰で、どう事業を定義しているのかなどを参考にしていただければ幸いです。以下、ドラッカー氏はこう綴っています。
企業の目的は、顧客の創造である。したがって、企業は二つの、そして二つだけの基本的な機能を持つ。それがマーケティングとイノベーションである。マーケティングとイノベーションだけが成果をもたらす。1)
マーケティングの成功事例
某病院グループが満を持して直営のサ高住に参入しましたが、入居率がオープン後数か月間ずっと2割程度で低迷していました。急性期、回復期、慢性期それぞれの病棟、そして在宅療養支援病院と高度急性期以外の医療の役割を地域で担うその病院グループは、介護サービスでも老人保健施設と在宅系サービスをほぼフルラインナップでそろえているし、認知症の方向けのグループホームもあります。そこまでサービスをそろえ、地域に密着し、しかもますます高齢者の医療も介護もサービス需要が増える地域であるにもかかわらず、サ高住は閑古鳥が鳴いていました。いったい何が原因なのでしょうか。
高齢者住宅の特長
全室25㎡以上で110戸の居室は、キッチンも備え、トイレとバスはセパレートなっています。自立から要介護5まですべての高齢者が入居でき、要介護認定を待たずにすぐにでも入居できるという特長があります。食堂がないので、入居者の食事は自由選択制としており、希望者には宅配弁当で配食するサービスもあります。必ず手渡しすることで安否確認も兼ねており、きざみ、ミキサー、透析患者向けの特別食も対応可能としています。もちろん、ヘルパーが調理し、食事介助サービスも受けられます。
サ高住は、病院に至近という好立地ゆえ、急変時には本体の病院が救急病院として機能します。日常の健康管理は、サ高住に併設する事業所が実施し、充実した医療のバックアップ体制を敷いています。クリニック、訪問看護ステーション、デイサービスも併設し、訪問介護ステーション、ケアプランセンターは隣接しています。入居者の個別性を重視し、介護サービスはすべて外付けとしています。
高齢者住宅が提供するサービス(イメージ図)
マーケティングの取り組み
病院グループが保有するサ高住は、本体の病院のベッドコントロールとして機能します。つまり、病院の平均在院日数を減らすために退院する患者の受け皿の役割となります。この病院グループのサ高住もその役割として期待していましたが、オープンから数か月はずっと2割程度、つまり110戸のうち20戸程度しか入居が進みませんでした。さすがのマネジャー(事務局長)も、この経営不振には頭を悩ませ、なぜ入居率が上がらないのかと苦悩の日々が続いたと言います。そして、この状況を打開すべくマネジャーが動き出しました。
(1)観察と問い
マネジャーは、しばらくサ高住を観察しました。「答えは現場に落ちている」とよく言われますが、毎日毎日サ高住内における人の動き、サービスの流れ、職員の表情や態度などを観察したそうです。
ある日、入居者への生活支援をしていた職員に問いかけたそうです。「なぜ入居者が増えないと思う?」と。すると、こんな答えが返ってきました。「生活保護の方は、この家賃じゃ入れませんよ。」確かに、地域には生活保護の高齢者が少なくなく、しかも退院患者の中にも生活保護者がいて、生活保護費ではとうてい入居できる価格設定になっていません。さらに、このような問いかけをサ高住職員に限らず、医療および介護職員にまで広げました。生活保護の方の問題は、病院職員の中にも不平不満として多数存在することも分かりました。
そもそも、受け皿として機能するはずのサ高住が全くその役割を果たしていないこと、つまりグループ内の病院からの退院患者がそのサ高住に入居してこないことが、入居率が上がらない最大の原因だったわけです。得た答えや引き出した問題、不平不満に対してどう真摯に対応するかが入居率アップの鍵を握っていることは言うまでもありません。
(2)顧客を決める
結果としてマネジャーが行ったことは、ドラッカー氏の「マーケティング」という取り組みと同じでした。ドラッカー氏は著書で「マーケティング」のことをこう述べています。
これまでマーケティングは、販売に関係する全職能の遂行を意味するにすぎなかった。それではまだ販売である。われわれの製品からスタートしている。われわれの市場を探している。これに対し真のマーケティングは顧客からスタートしている。すなわち現実、欲求、価値からスタートする。「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」を問う。「われわれの製品やサービスにできることはこれである」ではなく、「顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足がこれである」と言う。1)
よって、マネジャーが取り組んだ「マーケティング」の顧客とは、問いかけを行った病院グループの全職員となります。病院からの紹介がなかったのは、病院職員(看護師や地域連携室職員など)にとってサ高住そのものに価値ありとせず、「大切な患者を住まわせるわけにはいかない。」「こんな高い賃料では生活保護者は住めるはずがない。」という思いがあって、入居が進まなかったというわけです。前述の生活保護者向けの対応はもちろんですが、夜間対応の職員配置の手薄さやその他サービス体制の乏しさなどが噂となって病院職員に流布していたこともかなり影響していました。
マーケティングの取り組み
(3)定義を定める
職員がサ高住の従業員であると同時に、一番の顧客でもあると捉えれば、その顧客を出発点としてサ高住という事業を定義づけすることが必要になります。顧客である職員は、「サ高住という事業は何か?」「サ高住に何を求めるのか?」との問いに答えなければなりません。その答えこそがサ高住の定義となるからです。
その定義を探すべく、マネジャーは病院職員向けにそのサ高住の見学会を開催しました。建物としての良いところや悪いところ、運営やサービス面における意見を引き出しました。それらを改善すること、解決することを約束し、一つ一つ真摯に対応しました。生活保護者には別枠で料金メニューを設定し、赤字覚悟で運営することを前提に職員にも納得してもらいました。手薄な夜間体制についても「一人で不安な夜を過ごすより、一人でも夜間に職員がいるサ高住の方が安全で安心である。」「万一容態が急変した場合、サ高住に住んでいると救急対応を迅速に行えるし、病院も近いから安心である。」というような思いに至るようになりました。
このようにしてサ高住の定義、サ高住の役割は『顧客に安全と安心を与える住まい』と定めることができ、本来は一番の「顧客」と考えられる入居者や病院患者にも、定義として成り立つことも分かります。
(4)目標を設定する
サ高住という事業の定義が定めれば、ついで目標もすぐに定まりました。それは,「サ高住を満室にする」ということでした。もともとは、マネジャー個人の目標としていましたが、サ高住の定義づけがなされたことで病院グループ全体の目標として設定されました。「サ高住を満室にする」という目標は、「顧客に安全と安心を与える住まい」というサ高住の定義に最も適う目標でもあり、もし本当にサ高住を満室にすることができれば、地域の多くの高齢者や患者に安全と安心を与えることになるからです。
マネジャーは、この定義と目標を組織において共有をはかるために、定期的な職員研修を実施しました。この試みは、医療と介護の職員間のコミュニケーションを活発にすることに効果的で、医療法人グループトップからの理念研修も兼ねることで組織のビジョンやミッションの共有と浸透を行う絶好の機会となりました。
もう一つ、サ高住事業の定義を組織に定着させるためにマネジャーが行ったことがあります。それは、職員の給与明細にサ高住のチラシを同封したことでした。その行為により「どんなサ高住よりも、われわれのサ高住が一番安全で安心だ。」「退院先に不安を覚え、患者が困っていたらまずわれわれのサ高住を紹介しよう。」という思いに駆られ、定義の刷り込みがしっかりと行われることになったのです。
マーケティングの成果
低迷していた入居率も、そのマーケティングの取り組みが功を奏して飛躍的に向上しました。(以下、【図2】参照)そして、ドラッカー氏は著書で以下のように述べています。
実のところ、販売とマーケティングは逆である。同じ意味でないことはもちろん、補い合う部分さえない。もちろんなんらかの販売は必要である。だがマーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。1)
マーケティングの取り組みがうまくいくと、販売する必要がなくなると言います。営業しなくても、勝手に顧客が集まり勝手に商品が買われていくことを理想としています。サ高住を満室にすることができたマネジャーは、職員が価値を認めるサ高住として維持、継続していかなければなりません。聞けば、今2棟目のサ高住がオープンしていると伺いました。マーケティングの取り組みを続けながら、満室稼働を続けているそうです。しかも、今度はイノベーションの取り組みも行い、1棟目にはない新たなハードとサービスを顧客に提供しているとのこと。ちなみに、今度は食堂を設けたそうですが、メニューや提供の方法に工夫を施しているとマネジャーは仰っていました。
【図2】入居者数推移
イノベーションの成功事例
創立50年の歴史をもつその社会福祉法人は、老朽化し、すでに廃業していた軽費老人ホームの建て替えとしてサ高住を模索しました。私たちは、企画からコンサルティングを依頼され、法人幹部と共に検討会を重ねていきました。雨後の筍のごとく増え続けるありふれたサ高住にだけはしたくないと、地域に開かれた、そして法人の歴史に恥じない、その強みを活かしたサ高住にしたいという切なる思いを伺いました。
法人の強み
その地に50年の社会福祉事業の歴史を刻むと当然行政からの信頼も厚く、地域包括ケアシステムを推進する行政との意見交換も行われ、地域において一目置かれる存在となっていました。
社会福祉事業では、高齢者福祉のほかに障害者福祉としてグループホームと作業所を運営していました。法人幹部からまず伺ったことは,障害者のショートステイとその親御さん住宅のニーズだった。障害を持つ息子と遠く離れて暮らす親も高齢化し、できれば近くに住んで息子の生活を見守っていきたいという要望があるようです。
計画地の隣地では、特養80床と30人定員の通所介護、それに居宅介護支援と訪問介護を運営しています。昨今、特養は重度向けの施設として位置づけられたので、サ高住での生活が不自由になってきた場合には、特養に入所できるという安心感があります。要介護認定を受けたサ高住入居者は、隣地の在宅系介護サービスをすべて利用できるのでとても利便性がいいという強みがあります。
もう一つ挙げるとすれば施設長が医師であり、緊急時の対応を迅速に行えること、そして地域の大学病院出身ということもあって医療連携がスムーズに行えるという特長があります。
予期せぬ機会
企画を始めて1年半ほど経った頃でしょうか。既にいくつか建築の基本計画、その事業収支計画を睨みながら検討を進めていました。ほぼ基本プランがかたまり、私たちは基本設計、実施設計へと契約の話を進めていましたが、まだ法人の迷いは完全に払拭されていませんでした。多額の費用がかかることはもちろんですが、地域のサ高住の空きが目立ち、介護保険制度の今後の方向性にも明るい話がないことなどで最後の決断をする何か機会を求めていたのかもしれません。
その年の春先でした。法人の理事長から、サ高住より手厚い高齢者住宅への補助制度がある話を伺いました。『スマートウェルネス住宅等推進モデル事業』という国土交通省の直轄事業で、高齢者、障害者又は子育て世帯の居住の安定確保及び健康の維持・増進に資する事業の公募の話でした。そのエントリー要項には選定要件として「先導性の高い事業」と書かれていました。一般のサ高住の建設補助金より手厚く、しかも調査設計監理費も7割程度補助されるそのモデル事業をチャンスと捉え、応募する方向で検討に入り、先導性という点に関してかたまっていたプランを再確認することになりました。
その結果、全国39件の応募数に対し5件が先導性の高い提案として認められ、私たちは関西初の「スマートウェルネス住宅」として採択されました。ドラッカー氏は、著書でこう述べています。予期せぬ成功ほど、イノベーションの機会となるものはない。これほどリスクが小さく苦労の少ないイノベーションはない。2)
※『スマートウェルネス住宅等推進モデル事業』 ⇒ http://iog-sw.jp/
スマートウェルネス住宅等推進モデル事業
スマートウェルネス住宅の概要
私は、このスマートウェルネス住宅が国の期待する次世代の高齢者住宅であり、障害者も子供たちも、そして地域住民も交流するユニバーサル社会の住宅像だと思っています。私たちの提案事業が採択された考えられる要因について、スマートウェルネス住宅の概要を説明しながら探ってみたいと思います。
(1)先導性
RC造2階建ての2階部分をサ高住28戸、1階部分をその共用部と6つの高齢者生活支援施設が併設されています。
その1つが全国でも珍しい短期入所施設であります。要介護認定を受けた高齢者も障害者も両者が利用でき、共同で使える談話スペースでは交流もはかれます。この短期入所施設を6床設けました。
もう1つ先導性が高い施設として、健康維持増進施設を提案しました。地域の医科大学病院と協働してサ高住の入居者はもちろん、地域の高齢者の介護予防や認知症予防に取り組み、ICTを活用した健康維持増進プログラム(【図3】参照)を提供する施設です。地域に開放することで、閉鎖的なサ高住のイメージを払拭し、地域包括ケアシステムの構築にも寄与するところを評価されました。
(2)信頼性
先導性が高いことが採択される必要条件ですが、代表提案者の社会的信頼性も重要なポイントだと言えます。今回の計画では、通常考えられるサ高住事業の2倍以上の補助金が与えられるわけですから、その事業主がどのような法人で、これまでどのような実績があり、管轄する行政からどのような信頼を得ているのかをアピールする必要があります。スマートウェルネス住宅は、国土交通省の肝いりの直轄事業とはいえ、厚生労働省との共同所管であるサ高住事業と同様に、入居者の健康維持増進に寄与することが求められることからも運営事業者に期待する部分も大きいと思います。
(3)実現性
いくら先導性が高くても、選ばれたにもかかわらずその計画が頓挫してしまい、補助金の執行ができないことを行政は嫌います。よって、その計画の実現性も評価の対象とされ、最長3か年事業とすることができ、事業着手から完成・竣工までの工程スケジュールや導入される技術の検証期間などが問われます。また、「スマート=環境適応技術」や「ウェルネス=健康維持増進技術」の検証には補助がつくけれども、新たな開発には補助がつかないという点からも実現性が評価のポイントとなることは容易に推測できます。
イノベーションの成功
法人は、社会情勢や社会のニーズが50年を経て非常に変化したことを受けて、社会福祉法人としての使命も役割も変化してきていると捉えています。だからこそ、1つの施設内で“ゆりかごから墓場まで”というありふれた発想をせず、顧客である高齢者のニーズによって住み替えるという発想を根本に据えています。また、先導性の高い短期入所においても、サ高住の空き室対策として短期受入をしているところもありますが、敢えて単独事業としたところにも思いが見て取れます。顧客からスタートした発想が事業を定義づけしています。
この新しいものを生み出す機会となるものが変化である。イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである。2)と、ドラッカー氏は著書で述べています。まさしく私たちは、運営者と設計者のチームでこの『スマートウェルネス住宅等推進モデル事業』を変化として捉え、厳しい審査に合格するという予期せぬ成功を与えられた。
イノベーションを成功させるには三つの条件があると、ドラッカー氏は言います。
第一に、イノベーションは集中でなければならない。第二に、イノベーションは強みを基盤としなければならない。第三に、イノベーションはつまるところ経済や社会を変えなければならない。2)
社会福祉、地域福祉という福祉サービスに集中し、事業主である社会福祉法人の持つ強みをフルに活用した提案は、その代表提案者の事業にかける思いから『包括型ケアコミュニティによる「エイジレス ヘルシーライフ」継続支援事業』という名称で提案しました。顧客は、地域の住民全員です。包括型ケアコミュニティを形成し、顧客に「エイジレス ヘルシーライフ」を提供する事業です。すべては、顧客からスタートしていることが分かります。
もちろん、まだイノベーションの入り口に立ったところですが、このイノベーションに成功するにはいくつかのコツがあります。イノベーションに成功するには、「小さくスタートしなければならない」「最初からトップの座をねらわなければならない」2)とドラッカー氏は言います。
介護保険に頼れなくなってきた時代だから、介護保険に頼らない経営を目指す事業者として健康維持増進事業を小さくスタートさせ、まずは地域で一番多く高齢者が集まる健康維持増進施設を目指します。そして、「エイジレス=年齢に関係なく」身も心も健康な生活を継続して送れるように支援する仕組み、すなわち「包括型ケアコミュニティ」を形成することが最終目標となります。
2025年に団塊の世代が75歳の後期高齢者となります。高齢者世帯数はもちろん、独居高齢者数もますます増加し、誰にも看取られず孤独に亡くなっていく高齢者をこれ以上増やしたくありません。
このスマートウェルネス住宅が、年齢に関係なく、障害者であろうとなかろうと誰もが安心できる「居場所」になること、そして地域住民の心の「拠り所」になることを切に願います。
【図3】先導性のある「健康維持増進システム」の概念図
「知りながら害をなすな」
サ高住の運営についてドラッカー理論を添えた理由がもう1つあります。プロフェッショナルの倫理として、ドラッカー氏はこう述べています。
プロたるものは、医者、弁護士、マネジャーのいずれであろうと、顧客に対して、必ずよい結果をもたらすと約束することはできない。最善を尽くすことしかできない。しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない。顧客となるものが、プロたるものは知りながら害をなすことはないと信じられなければならない。これを信じられなければ何も信じられない。1)
サ高住のサービスを受けるのは、高齢者です。中には、医療や介護が必要な方もいます。サ高住事業に携わる者として、プロの倫理、責任の倫理の基本「知りながら害をなすな1)」を肝に銘じて取り組んでいきたいと思います。